GEZANの美しさについて。あるいは個的な物語と普遍の緊張関係について
1
GEZANの『狂(KLUE)』を聴いた。集中して聴いたのは半年ぶりのことだ。全編をBPM100で揃え、まるで一枚で一曲の長編作品であるかのようにシームレスに繋いだ43分間。真っ赤な歌詞カードに、「安倍」「トランプ」と時の権力者を実名で記したひりついた歌詞。はっきり言って重い。重すぎる。普段聴きできる音楽ではない。発売と同時にCDとLPを購入した私はその実験性と実践的コミットメントを評価しつつも「啓蒙(上野千鶴子を始めとする自身の目的のためならポピュリズムすら利用する醜いそれ)」にすら見える過剰なステートメントについては留保をつける、という穏当な立場を取った。
しかし知っての通り、状況は一変した。そしてコロナ禍という下品な言葉で形容されるこの時代に聴くこのアルバムはそれ以前の多くの政治的、思弁的言説、またポリティカルな音楽が説得力を失う中で、圧倒的なリアリティを持って響いた。
不覚にも私は涙を流していた。「泣ける音楽/映画」という形容に飽き飽きしているあなたには誤解を与えるかもしれない。当然このアルバムはそういったポルノではない。しかし事実として私は涙を流した。そのことを記録しておきたかった。なぜ私は涙を流したのか?それはこの音楽があまりに美しかったからだ。あまりに脆い美しさ。一歩踏み間違えればこの世で最も下劣な音楽になりうるのに、決死の思いで断崖絶壁に留まり続けるというその美しさ。それに私は涙を流したのだ。
2
ロックミュージックは個人的なものだ。そしてロックミュージックは政治的で、そのうえ理想主義的なものだ。この2つのテーゼを満たした音楽を私は愛する。大文字の「ロック」は必ずしもこのテーゼを満たさない。だから今はGEZANの言葉を借りて、このテーゼを満たす音楽を「レベルミュージック」と呼ぼう。
レベルミュージックの条件は、そのまま説得力のある言説の条件にもなる。自身の個別の生を無視した匿名の「正しい」言葉も、自身の生の衝動だけに突き動かされ、普遍へ辿り着こうとしない言葉も信用に足らない。個別的な生に生まれるこだわりと普遍への意志。その緊張関係の中にある言説のみが説得力を持つ。
どちらか一つを満たす音楽あるいは言葉はこの世に溢れている。
ただ個人的な言葉。誰にも共有されえない個人的な言葉。あるいは誰にでも共有可能、あるいは誰でも自己を代入可能な全てに開かれた言葉。
政治的で、理想的な言葉。正しい言葉。顔の見えない言葉。インテリの知的遊戯。あるいは匿名のネトウヨ。そのどちらにも一切の価値はない。
分かるだろうか。その両方を兼ね備えることは簡単なことではない。緊張関係。つまりいつ崩れるかわからない危険な言説。GEZANの音楽はその緊張関係の上に成り立っているだろうか?そう言い切るのはまだ早計だ。しかし明確にGEZANの言葉はそれに対して自覚的で、であるから危うく、だからこそ美しい。
3
B面一曲目「赤曜日」。
「40分間で脳をハッキングする/内側から歴史を書き換える/このプレゼンテーションは令和の兵器になる/全ての構造をこの場所で破壊する」
この過剰なコミットメント、言ってしまえば洗脳に意識的な宣言から始まるこの曲の最後ではこう歌われる。
「神様を殺せ/権力を殺せ/組織を殺せ/GEZANを殺せ」
この宣言が初めてこのアルバムを聴いた時、私が評価に留保をつけた理由の一つだった。「GEZANを殺せ」。この表現ははっきり言ってダサい。予防線みたいだからだ。「最終的には俺のことも信じるな」。こんなステートメントははっきり言ってロックの文脈ではありふれている。しかしこの表現はアルバム全体の歌詞を追っていくと必然的なものであることが分かる。そのためにまずはロックバンドと宗教の話をしなくてはならない。
4
スーパースターとそのファンの関係はしばしば宗教に例えられる。盲信的なファン。そしてその影響力を利用する商売、あるいは政治的意志。近年ではGreen DayのBillie Joe Armstrongがトランプ政権の支持者は自分のライブに来るなという旨の発言をしたことがリベラルな音楽メディアで取り上げられたことと記憶に新しい。そしてその取り上げられ方は決して否定的ではなかった。終わっている。はっきりと悪手であってその点でBillieが阿呆であることを誰かが指摘しなければならないのに。
このBillieの発言は先に取り上げた上野千鶴子を代表とする「啓蒙」である。つまり自身の影響力を利用し、民衆を愚かなものと決めつけたはっきりとしたポピュリズムでしかない。
頭に血が上っていなくて、知的なスターたちが自身の影響力と宗教じみたファンとの関係を嫌った例は過去に多くある。坂本慎太郎がライブ活動を積極的に行わなくなった理由が正にそれだし、ブルーハーツが解散した際に甲本ヒロトが「なんか宗教みたいになっちゃってやだった」と発言したことは有名だ。
そう、ブルーハーツ。解散して以降もヒロトとマーシーのコンビを継続し、なのに時々バンド名と他のメンバーを入れ替えるブルーハーツ。その姿勢がまず重要になってくる。
ロックバンドは宗教になり得る。しかし、バンドで活動しているということは「解散」ができるということだ。これは個人名で活動しているアーティストではなかなかできない。解散をすることでポリティカルなメッセージを発信していた媒体を捨て、一から始めることができる。これはあまり指摘されないバンドの強みであり、面白いところだ。
しかしそれでは当然不十分であって、解散した後もオウム真理教以降のアレフのように教祖を失った宗教は存続しうる。つまり解散するだけでは徹底的ではない。
GEZANに話を戻そう。「赤曜日」。こんな歌詞もある。
「教祖も階級もない宗教/imaginationだけの連帯/数分の間だけ集結する部族よ」
この数行を見て分かる通り、GEZANはロックバンドが宗教であることを意識的に引き受けている。
さらに現代の政治哲学の文脈を多少追っていれば分かる通り、このラインはネグリ/ハートの「マルチチュード(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/)」と似通っている。しかしマルチチュードは連帯後の道程を軽視した楽観論に基づいており、事実急速に力を失ったのであった。
それは宗教改革前夜のカトリックにおける教会という「連帯のための連帯」の装置の挫折によく似ている。しかし2010年代においてはプロテスタントは誕生しなかったのだ。
5
そもそもなぜGEZANが連帯を叫ばなければならないのかという問題は後に回すことにして、まずは「いかにして連帯のための連帯を避けながら、連帯を可能とすることができるのか」について考えよう。
ここで生きてくるのがGEZANがロックバンドであることなのであり、初めに引用した「GEZANを殺せ」というラインなのだ。
GEZANのボーカルであるマヒトゥザピーポーはソロでも歌手活動を行なっているが、ソロでの歌にはGEZANほどの強いポリティカルなメッセージは見られず、何よりその歌声はどこまでも柔和だ。ソロの作品は失われた過去、遠い未来への優しいセンチメンタリズムで満ちており、その一面がGEZANでの攻撃的な彼と同様に非常に重要だ。つまりマヒトゥザピーポーはポリティカルな主張をする時にGEZANというバンドでの活動を選んでいる。これでまず第一段階としてGEZANが完全に本人の手を離れた宗教になった際に、そこから脱出するためのポッドが用意された。
そして問題の「GEZANを殺せ」だ。正直言って今も判断に困ってはいる。もしかしたらこのセンテンスには「連帯の中心に置かれた神としてのGEZANを殺す」という意味しかないのかもしれない。だとすればGEZANの主張は安直なマルチチュードの提言でしかない。しかしどうもそれだけではないように思うのだ。
確認しよう。GEZANはロックバンドだ。レベルミュージックを演奏している。個人的な語りと普遍への意志。そのバランス感覚だけを頼りにカルトスターであり続けている。ではGEZANを殺したら何が残る?それは個人としてのマヒトゥザピーポーを始めとしたメンバーたちだ。
マヒトゥザピーポーは本来とてもセンチメンタルな一面を持った人だ。彼のソロでの歌や小説作品には常に過去への愛と後悔がある。「GEZANは殺せ」。そのセンテンスでこの歌は終わる。そして「Free Refugees」というイントロ的トラックを挟んだあと始まるのは「東京」だ。この歌の冒頭ではこう歌われる。
「東京/今から歌うのはそう/政治の歌じゃない/皮膚の下35度体温の流れる人/左も右もない/一億総迷子の一人称」
このラインもまた引っかかった箇所だった。この歌が、このアルバムが政治でないなんてことはあり得ない。なのにGEZANは「政治の歌じゃない」と歌う。なぜか。
結論から言おう。GEZANを殺した後に残るのはマヒトゥザピーポー、私、あなた。そういった徹底的に迷子の個人だ。実際、「東京」さらにそれに続く「I」(まさに「私」=個人だ)では、マヒトゥザピーポーのソロに通じるような個人的なセンチメンタリズムが初めてはっきりと映し出される。
今、ギリギリの緊張関係にあったバランスが崩れた。個人的なこだわりと普遍への意志のギリギリのバランスが、ほんの僅かだけ個人に傾いた。GEZANは本当に危ういところにいる。このままでは崖の下に落ちる。しかしそうまでしてGEZANは「GEZANは死んだ」と歌った。「政治の歌じゃない」と歌った。そこに込められたメッセージこそまさに「私たち」ではなく「私」であれ、ということだ。
SDGsだとかサステイナビリティだとかが叫ばれて久しい。個人のことだけじゃなくて、これからの世界のことを考えよう。持続可能なこの世界を愛そう。それは真っ当だ。完全に正しい。しかしそこに胡散臭さを感じてしまうのは「私」に優越していると喧伝される「私たち」だ。それは全体主義ではないか、となぜ偉い人たちは言わないのか。戦後のリベラルが唯一守り続けて来たものはそれじゃなかったのか。つまり「私」の「私たち」への優越。
GEZANは徹底的に政治的に見えるこのアルバムで最後に、徹底的に個人であることを宣言する。私は私だ。私たちには回収されない。連帯のための連帯ではない。私たちのための連帯でもない。あくまでそれぞれの「私」のための連帯。それこそが重要なのだ。
その意思表示によってバランスは僅かに傾いた。しかし私の目にはGEZANが必死で崖にしがみついているのが見える。落ちる、落ちるぞ、と誰かが叫ぶ。しかしGEZANは「I」でこう歌う。
「綺麗な詩をよんで/ファンタジーに逃げ込むのはもうやめた/現実は今ここだよ/戦いの日々よ 傷だらけのあなたよ/もう少し戦いは続くだろう/恥ずかしいこの歌がいつか歌えなくなるようなボクらになったら/お願いだよ 殺して/ちゃんと笑えるだろう/ちゃんと笑うんだよ/そのために生まれてきたんだもの」
ここにしかない現実に生きる覚悟。そして傷だらけになりながら笑う覚悟。GEZANのメッセージは結局口に出してしまえば陳腐にすぎるそんな言葉に落ち着く。しかしここまで読んだあなたに彼の言葉が陳腐に聞こえるだろうか。サブスクでもなんでもいい。一度このアルバムを頭から聴いてみて欲しい。
GEZANは43分間のこのアルバムをこんな言葉で閉じる。
「幸せになる それがレベルだよ」
追記
「そもそもなぜGEZANが連帯を叫ばなければならないのかという問題は後に回すことにして」なんて書いておきながらすっかり触れるのを忘れていた。そこにはマヒトゥザピーポーの個人的な物語が関係しているのではないか、とだけ書いておく。それ以上のことは過去のインタビューでもなんでも読んで欲しい。すいません。
自律した機関② 鈴木さん、スケッチ
2
母が毎日家にいるようになってから、カフェで過ごす時間が増えた。家が小さいくせに吹き抜けなこともあり家族のプライバシーは筒抜けで、オンラインでの授業や諸々の作業をこなすのには不便だったのだ。母はステージ4の卵巣癌であることが宣告され、手術を終えて退院したばかりだった。入院を機に仕事を辞め、まだ外出できるほどの体力もない母は、家族の誰よりも早く起き、居間にあるテレビを点け、スマートフォンをいじる。そしてだいたい一日の三分の二くらいはそうして過ごす。無害なドキュメンタリーでも見ればいいものの典型的な50代の主婦らしくセンセーショナルなワイドショーやら小うるさい芸能人が笑い続けるバラエティー番組やらばかりを観るので、母が起きている間は家にいたくなかった。
俺は今日も例のごとく昼頃に起きると冷凍のパスタを食べ、最低限の身支度をしてから家を出た。空は曇っていた。気温は低かったが、湿度が高く、不快な熱気が身体にまとわりつく。車庫のシャッターを開け、自転車を後ろ向きに引き出しながら、ついネガティブになっている自分に気づく。午前中の授業は、また出損ねてしまった。欠席が何回目だったかも思い出せない。そんなことを考えながら、身体は俺の意志通り動くというより、自動的に動いているような感じで準備を進めた。
自転車にまたがり、イヤホンを取り出していると右手からラジオの音がすることに気がついた。向いの鈴木さんが縁側に腰かけていた。挨拶をすると、鈴木さんはこちらを振り向き、ニヤリと笑った。
「君、あれかい?そろそろ就職だろう」
「そうですね。そろそろ就活を始めます」
「何にするとか決めてるの?」
「いや、全然。ぼんやりと出版かな、とか思ってますけど」
「出版は大変だよ。もっと安定した仕事がいい。そうだな、うん、鉄道とかな。俺の甥っ子がな、九州大学卒業して、九大だよ、名門の、九州大学。それで、九州大学卒業してからJRに入ったんだよ。今はそれで総武線の運転手してんの。総武線ね、東京の。嘘じゃないよ。本当の話。だから鉄道だな」
「なるほど。そうですよね。鉄道、潰れないですもんね」
俺がそう言うと、鈴木さんは下手な愛想笑いをしてから、何やら深く考え込んだ。俺は早く出発したかったが、沈黙はあまりに重く、うまく切り上げることが出来なかった。それからしばらくしてから鈴木さん口を開いた。
「俺の会社な、潰れてないよ。鉄道じゃないけどな。本当だよ。名前も変わってない。周りの一部上場の銀行は潰れたよ。A銀行って知ってるだろ?潰れてないんだよ。本当の話だよ、これは。…確かに鉄道は潰れないよな。でもなんだっけあれ、JR北海道は危ないよな」
「そうですね。北海道はほんと貧乏くじというか、人がはいらない路線多いですもんね」
そう言うと鈴木さんは妙なものを見るような眼で俺を見てから、またわざとらしく声を出して笑った。曇り空のせいか鈴木さんの顔は妙に浅黒く、生気がなかった。俺は、そろそろ行きます、と言って会釈するとイヤホンを首にかけたまま坂を下った。
自律した機関①
母が癌になってからの話
1
繰り返し見る夢があった。俺は何かに腹を立てている。猛烈に。それから、ヤケになっている。食器棚から皿を取り出し、地面に叩きつける。一つ一つ丹念に壊す。何度も踏みつける。他のものも壊すが、基本は食器が中心だ。食器棚が空になってしまうまで、何度も叩きつける。その棚には母が趣味で集めていたものが多く納められている。父がそれを見ている。父は困ったように微笑んでいる。俺はそれが気に食わない。だから大声を出す。しかし声は真空で発されたように、どこにも届かない。空気が震えない。俺は更に腹を立てる。その辺りで、目が覚める。
腹立たしさは起きてからも残っている。ひどい罪悪感を同時に覚える。取り返しのつかないことをした。一線を超えてしまった。そういう感覚がある。しかしそれは夢だ。その感触は少しずつリアルなものではなくなっていく。それから俺は水を飲んで、もう一度眠る。いつもそうだった。
母が癌になった。ある日から腹痛を訴えるようになり、しばらくの放置のあと、検査を受け、卵巣に癌が見つかった。幸いなことに転移はないらしく、卵巣と子宮を取り除く手術を受ければ半年ほどで回復するという。
しかし俺はそれを話半分で聞いていた。症状については母が直接俺に説明したが、なんとなく一つ一つのセリフが嘘くさく聞こえた。それに、母は進行状況について何も言わなかった。例えばステージ1であったら、安心させるためにそういうだろう。それを言わなかったということはそれなりに重篤なのだろう、と俺は解釈した。
母は手術の前日まで家にいるが、寝込んでいるので家事は父と手分けしてこなさなければならない。俺は花屋でのアルバイトのせいで腰を痛めていたから、比較的腰に負担の少ない炊事を担当することにした。バイトの日は父に弁当を買ってきてもらい、その他の日の夕食とたまに昼食を作る。
コロナの影響で大学がオンライン授業になっていたのは好都合だった。授業と課題、アルバイトと炊事を並行してやるのはそれまでの自堕落な長い春休みと比べると忙しくはあったが、なんとかこなせていた。母はなにしろ癌なので、色々と頼まれたことは文句を言わずこなすが、俺にしてやれることなど限られている。日中はカフェに逃げ込んで勉強をしたり本を読んだりあるいは何もしなかったりする、という日課は変わることがなかった。
先の夢を見なくなったことに気がついたのは、そんな生活にいくぶん慣れた頃のバイト中だった。バイト先の花屋は繁忙期の母の日を過ぎて、潮が引いたように客足が止まっていた。作業を急いでこなす必要がないので、ぼんやりと考え事をしながら進める癖がついていた俺は、モップを特殊なマシーンで回転させて洗いながら、その夢と母の病を意識的に結びつけてみた。つまり、俺が母の大切な食器を壊していたことと、母がいま蝕まれていることを。そこに罪悪感を覚えたりするのではないか、と期待して。モップの回転とそれに伴う水流の渦を眺めていると、自分が少し浮き上がるように感じる。集中。カモン、罪悪感。
しかし集中してみても罪悪感は少しも感じなかった。それから、なんで俺は自分から罪悪感を感じようと努力しているのか、と当たり前のことに気がついて、やめた。モップは渦を作り続けている。俺はそれをしばらく眺めてから、そろそろ次の作業をしなくてはならないな、と考えていた。
バイトが20時半に終わり、翌朝食べるパンを買って帰宅する。父はさっき帰ったところだったらしく、割引になったスーパーの弁当をつまみながら、テレビを観ていた。母はもう寝ているらしい。俺も並んで、弁当を食べる。テレビは、勉強系のyoutuberとしても活動している、高学歴が売りの芸人が勉強法をプレゼンする、というものだった。プレゼンはさすがに上手く、引き込まれる。それが少し不快でもある。父は不快に思ったりしないようで、いちいち感心してテレビに相槌を打ちながら、熱心に聞いている。普段だったら腹が立って席を離れるところだが、今日は特に何も感じず、黙ってテレビの画面を観ていた。それから風呂に入り、恋人と少し電話したあと、寝た。
朝ドラみたいな花屋でバイトを始めた話⑤ 母の日。これで終わります。
5-1
5月10日。母の日当日。12時ごろに起きた。身体が重く、起き上がる気になれない。なんとか寝返りを繰り返して、自律神経を刺激する。それから、前日のバイトで出勤時間を聞くのを忘れていたことを思い出す。電話をかけなければならない。またいつも通り17時に行ったら顰蹙を買うだろう。
スマホで花屋の電話番号を調べる。番号を見つけ、タップする。そこで気がついた。俺はなんと名乗ったらいいんだ?俺はバイト先では「こやま君」として認識されている。しかし本当は「おやま」だ。
本当はそんなことを考える必要はかった。ただ「そちらでバイトをしている「おやま」という者です」と言えばいいだけだった。電話越しだから「こやま」が「おやま」に聞こえたんだろう、と思われる可能性が高いし、もし本名が「おやま」だと気づかれても、何も問題はないはずだった。
しかし、なぜかそうすべきではないような気がした。今はまだ俺は「おやま」になるリスクを冒すべきではないと思った。
電話をかける。店長が出る。「そちらでお世話になっている「こやま」です」と俺は名乗った。俺は明確に一線を超えた。俺は初めて自主的に、主体的に、「こやま」になった。
5-2
15時に出勤する。店の前にはカーネーションを求める人の行列ができていた。Nさんに、並んでいる人の注文を取って欲しいと言われる。渡された紙には1人目の人の注文だけ書かれていたのでその続きを、書く。
10人ほど終わったところでYさんに、あんまり予算とか花の種類とか聞かないで、と言われる。俺は、はい、と言う。Nさんのところに戻り、紙を渡す。
一瞥して、名前聞いてないの?と言われる。それから、怒られる。それじゃ分かんないじゃん、考えてよ、本当に、この忙しいのに。
俺は1人目の注文の横に①としか書いてなかったからそれに従ったのだったが、そんなことを言っても逆撫するだけだと思い、すいません、取り直します、と言う。出来るだけ素直に聞こえるように、意識する。ハキハキと答える。俺は。
それから5人ほど注文を取り直したところで、店長に他の仕事を言いつけられる。いま注文取ってたんですが。いいからこっち先にやって。はい。
俺はハキハキと声を出すことを、意識している。
5-3
ヘルプのバイトを含め俺以外の8人が忙しく働いているが、俺は何をしたらいいか分からず、誰に聞いても違うことを言われるので参ってしまった。掃除をしたり、人に言われたことをこなしたりして時間が過ぎるのを待つ。忙しいのは今日の日中で終わりだ。それまでなんとか凌ぐしかない。
色々なことを考える。それこそ「あれやこれや」を考える。何について考えているわけでもない。ただ思考が流れていく。
どこへ?身体へ、口へ、指へ、呼気へ、流れ出す。流出する。俺の名前、仮名、自粛警察、嫌いな人、昔の恋人、水、塩、恋人も知らない肩に入れたタトゥー、いなくなった認知症の老人。落ちているタバコ。ピースとハイライト。ピース、平和。ハイライト、化粧。
ピース、と俺は口に出す。
本名を誰かに伝えたくなる。ここの誰も俺の本当の名前を知らない。そこに全ての問題の原因があるように思える。俺は、おやまです。こやまじゃないです。そのせいなんです。ごめんなさい。
思考と発声の間にある障壁が取り払われる。俺は小声でぶつぶつと何事かを、「あれやこれや」としての、対象を取らない「流れ」そのものを吐き出し続ける。誰かが気味悪げに見る。俺はそれを知覚する。それもまた「あれやこれや」でしかない。俺は、判断を下さない。
そのようにして、数時間が過ぎる。
5-4
気づくと列はなくなっていた。俺は、店内の掃き掃除をしている。ゴミが溢れている。ゴミ箱を裏に持って行く。段ボールを補強して新しいゴミ箱にする。それを所定の位置に置く。
休憩にしようか、と店長に言われる。はい、と俺は言う。ハキハキと。
5-5
NさんもMさんも店長も元気で、穏やかだった。今日の客足について、うまく連携が取れなかったことについて、楽しげに話す。冗談を飛ばす。Yさんはお茶を飲みながら黙って聞いている。こういう時、女性陣の方が元気だ。男は、弱い。
社長はカフェで腕を組んで座ったまま寝ていた。お湯を沸かしに行った時に見かけて、声はかけなかった。誰もが限界を迎えながら、なんとかこなしていたのだ。
店長が言う。あんた、あれだっけ、上智だっけ、本当に信じられないよね。みんな笑う。俺も笑って、勉強と実際の仕事はやっぱり違いますよ、と言う。微妙な空気が流れる。なにかよくないことを言ったのはわかったが、なにが悪かったのかわからない。
俺は少し時間を置いてから、ごちそうさまでしたと言って立ち上がる。店の前を掃く。ゆっくり仕事をする。そうしているのはとても楽だった。
5-6
21時ごろに大体の片付けが終わった。俺はまた店の前を掃いていた。MさんとYさんが仲睦まじげに話している。会話の内容は本当に取り止めがないことだ。Yさんが、発送にミスがあったかもしれない、と弱音を吐く。Mさんが、わかんないけど届かないよりはいいでしょ、と明るく言う。
Mさんは太陽みたいな人だ。Yさんは若く見えて好青年風だが、どこかひ弱な印象がある。MさんがそんなYさんを叱咤し、引っ張っていく。理想の夫婦という感じだ。
初めての母の日はどうだった、とMさんに聞かれる。今日は本当にしんどくてダメでした、と素直に答える。今日ダメだったらだめだよ。じゃあ来年には立派なフローリストになってないとね、と笑う。
俺は素直に、本当に来年もあるのだろうか、と思う。俺が来年までいると前提して話してくれたことは嬉しかった。しかし来年まで俺はここにいられるだろうか。俺にとって一年は長いんだろうか、短いんだろうか。
平和だねーとMさんが伸びをして言う。ピース、と俺は思う。今日はビールを飲むぞ、とMさんとYさんが盛り上がる。
5-7
帰り道にラムの小瓶を買い、飲みながら歩く。身体が重く、少し前傾して重力に引きずられるようにして歩く。
恋人に電話をかける。恋人は今日も出ない。それで、適当に高校の同期に電話をかける。
彼女とは当時同じコミュニティーに所属していたが特に親しくもなかった。急にかけたことを詫びる。酒が入っていなければ電話などしなかっただろう。自然と当時の話になる。その流れで、彼女は俺の知らない当時の恋人との後悔エピソードを開陳する。
3年の11月にホテル行こうって言われて流されて行っちゃったんだけどさ、その後の受験とか、そんなはずないのに妊娠してるんじゃないかとか考えちゃって何も手につかなかったんだよね、とかなんとか。
そういうゴシップに興味がないわけではないが、少し居心地が悪くなる。以前からときどき破れかぶれにプライベートなエピソードを話すことがあった彼女だが、大学に入ってからその傾向に拍車がかかったように思う。美人で世間体もいい方だと思うが、その一方に確かにある危うさに勝手に不安になる時がある。
プライベートな話とパーソナルな話は違う。パーソナルな話をしろ。あるいは書け。そう言っていたのは俺が一方的に慕っていた大学の教授だった。
その意味がしっかり腑に落ちているとは言い難いが、今でも何かを書く時にマントラのように唱える。パーソナル、notプライベート。そして、ピース。
彼女は、謝りたい人がいっぱいいるな、と言う。俺も同意する。そういえばおやまはTさんとスッキリ別れたの?スッキリは別れてないな。そうなの、私も別に色々聞いてるわけでもないけど。まああんまりそういうの言わないよね、あの人は。うん、そうだよね。
電話してみようかな、と呟く。いいじゃん、そうしなよ、と言われる。ちょっと一旦切るわ。うん、またね。
一呼吸おいて、電話をかける。彼女のラインの登録名は付き合っていた頃に照れ隠しでつけた部活での役職名のままになっていた。俺は酔っていた。馬鹿なことをしていた。普段だったら、馬鹿げている、と思って止めることをしていた。
5-8
その日は3時ごろに寝た。彼女とは40分くらい話した。別にスッキリはしなかった。当たり前だ。苦しくなっただけだった。酔いが覚めかけていて、しらけた気分を持て余していた。ハイになっている時の自分の行動を後で後悔する。ローの時の俺はハイの時の俺の尻拭いに終始する。いつもそうだった。ラムの瓶が枕元に置いてあった。俺はそれに口をつける。
恋人って誰だっけ、と思う。電話に出ない、恋人。しばらく会っていない、恋人。それから、意識がなくなる。
5-9
夢を見る。ベッドに見知らぬ女と2人で横になっていた。俺は、彼女を罵倒する。腹の底から込み上げてくるというより、口がエンジンになっているように、口から出てくる言葉を燃料とするように、自立した機関として循環する、怒り。
彼女が何事か、反論する。それを一つ一つ丁寧な言葉で論破していく。全て、完璧な論破だった。彼女は次第に口数が少なくなり、黙って聞く。怒りは、なにしろ自立した機関であるから、俺の口から罵倒が溢れて止まることはない。
女が泣き出すのではないか、と俺は思う。罵倒とは裏腹に冷え切った頭で、思う。しかし女が泣き出すことはなかった。女は俯いて、ただ黙っている。
ベッドの横には机があった。その上には本と枕元を照らすライトが置かれている。
俺は気づく。机は猫だった。それは比喩ではなく猫だった。それもかつて俺が得た幻覚としての、高度な意識を持つ猫だった。猫としての机は俺を見透かしていた。俺の怒りが自立した機関であること、俺の頭が冷え切っていること、俺が諸々を白け切って眺めているその冷静さを拠り所としていること、であるから全てが何かのきっかけで脆く崩れること、その全てを知っていた。
そして、猫がトリガーだった。お前は嘘つきだ、と俺が言う。俺に言う。猫が、ではない。猫はトリガーでしかない。お前の記録は嘘だ、と俺が言う。俺に、言う。であるからお前の記憶も嘘だ、と俺が言う。
俺は女の首を絞める。猫の、ではない。猫はトリガーでしかない。俺は、女の、首を絞める。手応えがなく、焦る。急所と思しきところを、片端から殴る。手応えはない。俺は逃げ出す。
その部屋は昔住んでいたマンションだった。エレベーターもない、築30年のマンション。その、半地下にあるジメジメした部屋。
俺は共同の廊下に逃げ出す。蜘蛛の巣が顔に張り付く。それを払い除けながら、階段を探す。俺は長い間、潜りすぎた。地上に出なくてはならない。俺は逃げる。逃げる。逃げる。
5-10
5月11日。翌日は久しぶりにバイトがなかった。昼頃に起きて、本を読む。集中できず、散歩をする。ブックオフは今日から営業を再開していた。本を何冊か買う。それから思いついて、恋人に電話をする。
「もしもし」
「もしもし」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「どうしてますか?」
「今日は気圧がだめで寝てました。あ、8連勤お疲れ様です」
「ありがとう」
「どうでした?」
「なんとかなりました。やっぱりちょっとずつは体力ついてるかな」
「よかった。もっと、死んでるかと思った」
それから俺はいくつか話をする。この7連勤の話。昔の恋人に電話をした話。ブログの話。あらゆる、種明かしを。自分でわかる範囲で、正確に、誠実に。当然、脈絡がおかしかったり、話の帳尻が合わなかったりする。しかし、現実とは恐らくそういうものだ。恋人は質問を挟みながら、聞く。聞いてくれる。
5-11
5月11日、夜。俺は残ったラムをロックで飲む。大学の友人と後輩とZoomで飲み会をする。軽薄な、しかし居心地の良い友人たち。俺はここしばらくの話を面白おかしく語る。全てがコンテンツになる。話しながらうまく帳尻を合わせる。現実と記録が追いかけっこをする。これはきっと社会化。そして俺は24時きっかりに、切り上げる。翌日はまたバイトに行かなくてはならない。
それで、俺は5月12日を新しく始める。
朝ドラみたいな花屋でバイトを始めた話④ 母の日直前。人体実験。
4-1
5月7日。バイトを早上がりしてオンラインでのハイデガー読書会に参加する。今日はその後に飲み会があった。
ブログを書いている話をしたらメンバーのうち2人が読んでくれていた。割と評判が良くて嬉しい。それでつい口が滑って、それが事実を基にしたフィクションであること、今後フィクションの割合を増やしていくつもりであることを言ってしまう。
T君が、でもそれって結構怖いですよね。と言う。つまり、現実に嘘を混ぜていくっていうことが。そうだね、ある種の人体実験だと思うよ、と返す。
翌日からはバイトが忙しくなるので早めに切り上げて、寝る。そう、人体実験、と思いながら。
4-2
5月8日。母の日2日前。17時に出勤すると、店頭に大量の段ボールが並べられており、誰もが忙しく動いていた。店長に、何してたの、早く準備をして、と言われる。俺が連絡先を書いておいた紙が紛失してしまって早番の連絡ができなかったらしい。
Nさんにも急かされながら急いで着替える。店頭ではすでにヤマト運輸の人が手持ち無沙汰で待っていた。しかし荷物の準備はまだできていない。指示されるままに段ボールの蓋を閉じたり、上部に「お花が入っています」「上にものを載せないで!」などと書かれたシールを貼ったりする。その間にも店長に新しい仕事を言いつけられたりして、目が回るほど忙しい。
荷物の山が隣の居酒屋さんまで伸びてしまい、社長に、それなんとかして、と言われる。なんともしようがないが、少しずつ移動させてお茶を濁す。居酒屋はそろそろ営業を始めるようで、五十がらみの女性が暖簾をかけながら、大変ですね、と戸労ってくれる。その視線が大量の段ボールに向けられたままなのを見て、どきっとする。すいません、いま片付けますので。あら大丈夫ですよ、頑張って。
俺は言葉の言外の意味に疎いが、流石にまずいと思って、苦心して場所を開けようとする。
4-3
18時過ぎ。配送はなんとか間に合ったようだった。裏に明日の配送のための段ボールを取りに行く。Yさんが前方をふらふらと歩いているのが見える。見るからに参っていて、つい、大丈夫ですか、と声をかける。もう無理だよ、とYさんがわずかに笑って言う。3日近くほとんど寝ていないそうだ。元から細身のYさんが一層やつれて見えたのは気のせいではなかったようだ。
いつだかのYさんの教訓的な話を思いだす。こんな話だ。俺ね、むかし働いてた会社で、一個100万円とかの商品売ってたのよ、もちろん怪しいやつとかじゃなくて。それに比べたら花屋の仕事なんて、馬鹿みたいに単価低いでしょ?でもね、こうやって手で一人一人にものを売るっていうのも悪くないもんだよ。
その時もやはりどこか自分に言い聞かすような調子だったな、と俺は思う。
4-4
9時に社長がほっともっとで弁当を買ってきてくれた。Yさん、社長、俺の男性陣3人で弁当を食べる。社長はジェンダー観が危ないので、男性陣の弁当は問答無用で大盛りにし、女性陣の弁当は勝手にレディース弁当やら普通盛りやらを買ってくる。そのことについて誰も何も言わない。実際的なあれやこれやに追われている間はそんなことに気を遣っている余裕はないのだろうと思う。俺は自分のシニカルさが学生という身分に支えられていることを実感する。
基本的に黙って食べるが、Yさんと時々ポツリポツリと言葉を交わす。娘さんはどうしてるんですか。「花ちゃん」と呼ぶのは距離を詰め過ぎていらような気がして「娘さん」としたが、それは他人行儀すぎたような気もする。俺の実家にいるよ、とYさんが言うと、社長がすかさず、寂しがってるんじゃないの、と訊く。いや、全然平気みたいですよ、もう大きくなりました、とかそんな当たり前の会話。それをBGMに大盛りの飯を掻き込む。
Yさんがふいに、大学と花屋どっちが楽しい?と訊く。茶化すような調子で。俺は、大学も色々あるのでなんとも言えないとかもごもご言った後で、でも花屋は楽しいですよ、と言った。それは素直な気持ちだった。Yさんと社長が笑う。俺も少し笑う。
前に先輩のSさんにいろいろ質問された時より、ずっと素直に答えられたという実感があった。そしてそういうことって思いのほか人に伝わるみたいだった。
4-5
弁当を食べてしばらくは元気だったが、23時を過ぎる頃には帰りたくて仕方がなかった。足は棒のようで、頭が重かった。
花をケーキに見立てて加工する「フラワーケーキ」の箱を作るのがその日の俺の業務だった。必要な数は50個。一個作るのにだいたい2-3分かかるとして、2時間は覚悟する。
パーツ一つ一つに体重をかけて折り目をつけ、組み立てていく。完全な単純作業。一箱で6個作れるので、それを9セットこなすと考えた。最初の4セットくらいは楽しい。音楽に乗るように、身体が自然に動く。しかしやがて全身を束ねていたゴムが緩んでしまったかのように、各パーツの統率がうまく取れなくなる。
全身がバラバラに解けそうになりながら、なんとか作業をこなす。Yさんの教訓的な話、大学の友人の浮気相手のTwitterアカウントにフォローされたこと、自分が「こやま」と仮名で呼ばれていることなどを脈絡なく思いだす。
そう、俺は仮名で呼ばれているんだった。
ふいに、それが一つのリミッターであるような妄想をする。ブルースリーが戦闘中に重石を外し、それまでの数倍の力を発揮するような、そういうリミッター。
そんなシーンがあるかは知らない。イメージ。俺が本当の名前を告げた瞬間、この停滞した時間がさっと開けるのではないか、というイメージ。
隣でアレンジメントフラワーを作っているYさんをチラッと見る。「俺、本当はおやまなんですよね」と言ってみようか、と思う。
まったく馬鹿げていた。少し伸びをして、作業に戻る。
その日は結局、午前1時まで諸々の作業を続けた。Yさんや店長はその後もまだまだ作業があるようで先に上がるのが申し訳なかったが、俺の貧弱な肉体はかなり限界に近づいていた。帰ってからシャワーを浴びて、布団に入る。そして、これは人体実験だ、とまた思ってみる。
4-6
5月9日。母の日前日。この日は13時から出勤して、前日から続く大量の配送の準備をこなす。母の日当日に花を届けるには今日中に配送する必要があるから、忙しさの一つ目のピークだ。最大のピークはもちろん翌日の母の日当日。
昨日に引き続き配送の準備をしていると、男に声をかけられた。小汚いキャップを被り、ジャンバーを着て無精髭を伸ばしている、うちの街によくいるタイプの老人だった。A、開いてないの?と隣のAという居酒屋を指して言う。まだ早いから開かないんじゃないですかね、と作業の手を止めて答える。
じゃあ、昨日は開いてたわけ?そうですね、昨日は夕方から開けてましたけど。男は、そうか、どうも、と言いながらAを一瞥すると何処かに行った。常連客なのだろう、と判断する。
配送の準備が続く。Yさんが、無理だな、これは、と弱音を吐く。Nさんは黙って作業を続ける。きっと本当にギリギリなんだろう。
伝票が貼ってあるか確認し、段ボールの上部をガムテープで留める。留め終わったものにまとめて例のシールを貼る。「生もの」「お花が入っています」「上にものを載せないで!」。それから時々「われもの注意」。
俺はYさんやNさんの様子を伺い、自分の行動を実況中継しながら、作業をこなしていく。よくない兆候だった。あらゆることに対して他者感が強く
あり、何をするにもワンテンポ遅れる。ブログを書いているせいだろう。それも、嘘のブログを。俺はなんとか作業に集中しようとするが、どうしても空回りして、誰かを苛立たせ続けた。
配送は結局、間に合わなかった。数があまりにも多かった。最終的にヤマト運輸の人もシール貼りを手伝ってくれたりしたが、それでもダメだった。
全員がピリピリしていて指示を出す人によって言うことが変わる。それで理不尽に怒られることもあった。ヤマト運輸の人もギリギリまで粘ってくれてから、いよいよとなって発車した。残った分は社長が車を出して自分から配送所に届ける。それにもいくつか間に合わず、Yさんが追いかけるように車を飛ばす。
4-7
男性陣がみんないなくなると、嵐が去った後のように静かになった。もう6時を回っていた。店長たちは朝から何も食べていないのだという。コーヒーを入れるように言われて、お湯を沸かす。
急遽ヘルプに入ったバイトの女性の分も合わせて、9人分のコーヒーを入れ、表のテーブルに置く。
するとヘルプの女性がそれを揺らして溢してしまった。ガタつくテーブルのせいだ。溢れたコーヒーを拭いて、みんなでシュークリームを食べながら、話す。ヘルプの女性は昔からの知り合いらしく、女性の近況が主な話題のタネになる。俺は黙ってコーヒーを飲む。
いつのまにかコロナの話になっていた。今はどこの誰と話していても必ず出る話題だった。聞こえてくるワード。客足、配送が増えた、自粛、現金給付、隣の新しくできたマンションetc‥。
俺の他にもう1人いる学生バイトの女性が、母の日手当てとかでないんですか、と冗談めかして言う。だって普段の3倍は働いてますよ、と。
店長が、お弁当とか出してるんだからそれで勘弁してよ、と言う。ねえ、こやま君。
はい、と言う。昨日の幕の内とかかなり豪華でしたよね。瞬間、空気が停滞する。昨日は、トンカツだったけど、と店長が言う。幕の内なんか食べたかしら、と。俺は曖昧に笑う。
話題を変えなくては、と思う。それで、今日の昼に隣の居酒屋Aを訪ねてきた男を思い出す。いま流行りの自粛警察というやつなんじゃないのか。聞いてみる。この辺って自粛警察とかいないんですかね。沈黙。場違いなことを言ったようだった。
うーん実はね、と店長の娘のMさんが話しだす。昨日から隣のAに脅迫めいた張り紙がされるようになったという話だった。やっぱり、と思う。俺は、大変ですね、とか言って、あとは黙った。会話は再び俺を介することなく周り出した。
店長に、コーヒー溢したんだからしっかり働いてもらうよ、と冗談めかして言われる。それが冗談なのか本当に俺がこぼしたことになっているのか分からず、とりあえず頷く。
4-8
その日は早くから出勤していたこともあり、10時には上がらせてもらえた。それでもクタクタだった。帰りにふと思い出して、祖母と母のために花を買う。お金が足りなかったらNさんがツケにしてくれた。
花を自転車のカゴに入れ、恋人に電話をかける。画面を操作しながら少し漕ぎ出すと、向かいから、だらしなく太って眼鏡をかけた男が少しこちらに寄ってくるのが見えた。不審に思ってハンドルを切ると、更にこちらに向かってくる。慌ててブレーキをかけてぶつかる寸前で止まる。
男は舌打ちをするでもなく、無表情のまま立ち去る。恐らく自転車に乗りながらスマホを使っていたことに腹が立ったのだろう。自粛警察と同じ類の人間だ。
恋人は電話に出なかった。俺は月を見上げながら、ゆっくりと自転車を漕ぐ。
朝ドラみたいな花屋でバイトを始めた話③ 近況
3-1
バイト先の花屋では「こやま君」と呼ばれている。俺の本名は「おやま」だが、最初に「こやま」と呼ばれた時に訂正し損ねて、それっきりだ。少しだけ仮名であることがなんとなく愉快だったのでもう一月以上、そのまま「こやま君」であり続けている。
「ゲド戦記」の中で名前が重要な要素だったことを思い出す。たしか、作中の人物たちは誰もが仮名を名乗っていたはずだ。「本当の名前」というやつはある種のパワーを持ち、名前を所有することはその人を所有することにつながる、とかそんな話だった気がする。
あまり現実に引き付けて解釈するものでもないだろうが、なんとなく分かる。たしかに仮名で呼ばれるのと本名で呼ばれるのはずいぶん気の持ちようが違う。仮名で呼ばれるのは気楽だが、なんとなく孤独だ。俺と花屋との距離感もやはり仮名的なものなのだろうか?花屋との距離が縮まれば、仮名で呼ばれることに居心地の悪さを感じるようになるのだろうか?
3-2
花屋の繁忙期は例年、5月の初めだそうだ。なぜか。母の日である。クリスマス前のケーキ屋よろしく、母の日前の花屋は殺伐としている。しがないバイトである俺も流石にやることが増えてきて、5/3から5/11まで9連勤が決まった。大学がなく、遊びに行く用事もない今だからできることだ。
卒論のことは頭の片隅にあるが、今はなんとなく文献を探すフリをしてお茶を濁している。とてもじゃないがバイトと卒論の両方とがっつり向き合う体力はない。まずは体力をつけ、毎日予定が入っている状態に慣れることだ。そのためにもこの連続勤務を社会復帰の足がかりにしようと思っている。
5月3日。いまいち調子が上がらないのを感じながら出勤し、店内を簡単に掃除した。次にゴワゴワした感触の特殊な紙を指定の大きさに切る仕事を言いつけられたが、右利き用のハサミをうまく扱えず、ろくにこなせなかった。店長と上司のNさんに呆れられる。情けなかった。かなり凹む。左利き用のハサミをロッカーに置いておこうと思う。一度会ったことのある先輩のSさんが俺の仕事を引き継ぎ、俺はSさんと並んで母の日用の花の説明用紙を作る。
Sさんに、大学生?とか、ここ入ってどれくらい?とか聞かれる。作業に集中しながら出来るだけ愛想良く返答する。それから、ここ長いんですか、と訊いてみた。全然長くないよ、1年半くらい。
1年半が長くないという感覚に少しくらっとする。学生にとってそれは短くはない期間だ。Sさんと俺とでは流れている時間が明確に違う。そのギャップに少しやられる。
Sさんは恐らく40代くらいで、独身らしい。ここのバイトは土日だけ週二回入っている。週二回だと、次の週来た時何するか忘れちゃうのよね、と言う。
それから、なんで哲学科に入ったの、と聞かれる。少し考えて、なんとなくですね、と答える。あまりにつまらない回答だと思い、数学を使える文系学科の受験方法を探していて見つけた感じなので、本当に成り行きです、と付け加える。
そう、とSさんは言う。あれなの、君、普段友達と話す時もそういう感じなの、と続ける。どういう感じですか。訊いてみる。なんというか、ねえ。Sさんは苦笑する。俺はあいまいに笑って、今は作業に集中しているのでそのせいかもしれないです、と言ってみる。それで、会話は終わる。
少しすると店長が来て、何してるの、先に掃き掃除して、と言う。俺は特に反抗するでもなく、ただ、はい、とだけ言う。
あれやこれやを考えながら、掃く。水を含んだ葉っぱが地面にへばりついて苦戦する。最近は箒で取れないものは諦めて手で拾うことにしている。その方が早い。少しずつ色々な作業を自分なりに効率化できてきている。これも社会化か、と思ってみる。
Nさんがいらっしゃいませ、と言っているのが聞こえて、俺も繰り返す。彼女は常に元気いっぱいだ。足が悪いそうで少し左足を引きずって歩くが、過剰に思えるほどテキパキと動くのと声がよく通るので誰よりも存在感がある。
今日はNさんのそのテキパキと動く様が、どこか威圧的に感じられる。あたかも私は誰よりも一生懸命働いていますよ、あなたは一体何をしているの、と言っているかのようだ。被害妄想なのはわかっているが、そう思うとうまく作業ができなくなる。同じところを何度も掃いて、なかなか取れない葉っぱを手で拾うことに思い当たれない。それで全然進んでいないことに焦る。マスクの下の呼気が妙に湿っぽくて不快だ。
一度手を止めて、深呼吸をする。落ち着け、大丈夫だから。意識して丁寧に仕事を再開する。それから少しずつスピードを上げていく。俺は少しずつ調子を取り戻していく。
少し先の蕎麦屋の前あたりで中学生くらいの男の子が数人、警察に捕まっている。それを眺めるともなく見ていると、あちゃーあいつらなんかやったな、と横から声がする。
見たことがないゴマ塩頭の男性だった。俺に話しかけているのか、独り言なのか微妙なラインだった。どうしたんですかね、と俺も返答と独り言の間くらいのニュアンスで発語する。その声が少し小さすぎたような気がして、もう一度同じことを言う。
男性は俺が何か言ったことなどどうでもいいらしく、こちらも見ずに、ちょっとはなし聞いてきてやるか、と言ってそちらに向かう。距離感的にこの商店街の人らしい。俺は掃き掃除に戻る。
3-3
表に出ている花に水をやる。紫陽花の鉢がたくさん入ってきていた。紫陽花は水を大量に必要とするので、オケに水を貯めて、そこに鉢をそのまま浸ける。するとぶくぶくと泡が出てくる。それが止まるまで浸けたら、お仕舞い。ジョウロでやるといつまでも終わらないし、この方が効率的だと店長に教わった。
3割ほど終わった頃に社長がやってきて、あーそれはジョウロであげないと、と言う。ちゃんと考えてやれ、と。店頭で作業をしているSさんと一瞬目が合う。俺は、わかりました、気をつけます、と言って裏にジョウロを取りに行く。
ジョウロに水を汲んでいると、Sさんが来て、なんか意味わかんないことばっか言われて、やんなっちゃうよね、ここ、と言って、こちらを探るような目で見る。俺は、そういう時もありますね、と言って笑う。Sさんはじっと俺を見たあと、厨房に行って片付けを始めた。俺は一人残された。水が溢れていて、慌てて止める。俺は少し混乱している。
前にSさんを見かけた時のことを思い出す。俺が店内で作業をしている時に、Sさんはちょうど退勤するところだった。Sさんは店長に、あと5分でキリがいいんでそれまで待ってもいいですか、と少し媚びるような笑い方をして言った。店長は微妙な表情で、まあいいけど、と返した。
その記憶がフラッシュバックする。妙に印象に残る場面だった。俺は、Sさんに対してなんらかの判断を下しそうになるが、やめた。実際、俺はSさんのことをほとんど知らない。
8割くらい終わったところで店長が来て、まだ終わってないの、と呆れたように言う。俺は、すいません、もう少しです、とだけ返す。
3-4
18時半を過ぎた頃、お茶入ったよ、と店長に言われる。店長、社長、Yさん、Yさんの奥さんで店長と社長の娘のMさん、Sさん、俺の6人でコーヒーを飲む。Yさん、Sさん、俺の3人は基本的に黙っていて、家族3人で会話が進む。店内ではいつものように80sっぽい洋楽のカバーソングがかかっていた。その安っぽさがこの時間のコーヒーの高揚感と妙にマッチする。
そういえば上の団地に住んでる認知症のXさんがまたいなくなったらしいよ、とMさんが言う。なんか、ちよっと危ない感じの中学生と一緒に歩いているとこ見たって人がいるらしくて、心配してるっぽい、家族が。店長が眉を潜めて、心配ね、とか相槌を打つ。
俺が認知症になったら殺して欲しいね、と社長が言う。縄をつけられて飼われたりするようなことになったら我慢ならんからな、と言って笑う。それは東北に住む叔父の身ぶりに似ていた。ある年齢以上の男性が、何もかも茶化さずにいられなくなるのはなんでなんだろう、と思う。最近は父もテレビを見ながらちょっと気まずい空気が流れたりすると、すぐに茶化す。
コーヒーを先に飲み終わったので、また店頭の掃き掃除をする。その時になって、さっきの会話が夕方に見かけた男性のことだったかもしれないことに思い当たる。そのことを誰かに伝えるべきか、迷う。会話の流れだったら自然に言えたかもしれないが今から言いに行くほど重要なことかわからない。困って、作業の手が止まる。すかさず店長に、ほらどんどん仕事する、とゲキを飛ばされる。それからそのことはすっかり忘れてしまった。
3-5
裏にゴミを捨てに行く。商店街の隣にあった空き地には2年に及ぶ工事の末、豪奢なマンションが建った。大きな公園も隣接しており、まるで小さな街のようだった。まだ分譲が始まっていないのか、あるいはコロナのせいなのか、人気はなく、映画の撮影所のような場違いな偽物臭さがある。その前を通って、裏手のゴミ捨て場にゴミ箱を運ぶ。聞き覚えのある曲が流れていた。記憶を辿りながらゴミを黄色いカゴに流し込む。それから、気づく。ブルーハーツだった。
「あれも欲しい これも欲しい
もっと欲しい もっともっと欲しい」
タイトルは分からなかったが、ブルーハーツだ。それはあの偽物っぽいマンションの方から聞こえてきていた。音の出所はそれ以上わからない。
「たてまえでも本音でも 本気でも うそっぱちでも
限られた時間のなかで 借りものの時間のなかで
本物の夢を見るんだ 本物の夢を見るんだ」
ブルーハーツを熱心に聴いていたのはも何年も前のことだが、そのとき聞こえたブルーハーツはなぜかとても沁みた。歌詞が、ではない。その情景全体が。出来たての作り物の街と、30年前の「本物の」音楽。地面に仕込まれたライトに照らされたその情景は嘘みたいで、しかし本物だった。
俺は空のゴミ箱を持って、店に戻った。店長がチョコレートをくれる。お疲れ様、と言われる。明日も5時ね、よろしく。俺は、はい、とだけ言う。