sigurros_tetsuのブログ

事実をもとにしたフィクション

自律した機関①

久しぶりに会った友人の部屋には大量のガラクタが積まれていた。お互い地元では数少ない中学受験組で、地元で遊べる友人は他にはほとんどいなった。あいつはガラクタを一つ一つ手に取って俺に説明する。話によるとガラクタはそれぞれ磁石を使ったリニアモーターカーの模型だったり、半永続的に動作し続けるという作りかけのピタゴラ装置だったりした。
 どうしてまたそんなものばかり作っているのか。童心に帰ったってわけ?と尋ねると、いや、自律した機関というものに憧れがあってね、と要領を得ないことを言う。永久機関とか、そういうもの?いや、何も永久機関じゃなくてもいいんだ。むしろ、終わりはあった方がいい。ただしばらくの間、自律して完結した機能を持ったものがいいんだよ。
 いよいよよく分からなかった。話を変えることにする。そういえばこないだ黒田と会った時、お前が女と歩いてたって言ってたけど、彼女でもできたの?ああ、彼女なのかは分からないけど、よく会う女の人は一人いるね。お前ニートなのに何でそんな出会いがあるんだよ。いやだから、それもまた俺の研究と関係しているわけよ。それに俺、バイトはしてるからニートじゃねえし。そう言ってからあいつは階下に行って煎餅を取ってくると、それを齧りながら語り出した。こんな話だ。
 
再開発された駅前で、新しい駅前の機能についての説明会が行われるという。タウン誌の片隅に小さく書いてあった。それはほんの4行ほどの白黒の広告で、主催者の名前も連絡先も載っていなかった。日時は7月の最初の火曜日、つまり今日の午後3時だ。時刻は2時40分だった。俺は2時45分からのアルバイトに行く気が起きず、たまたまそのタウン誌を隅から隅まで読み込んでいた。俺はそれから5分間、そのままの姿勢でぼーっとしていた。遅刻が避けられないことが分かると、俺は重たい腰を上げ、駅前に向かった。
 駅前には帰宅中の高校生を始めとして、少なくない人々は行き交っていた。人の量には周期的な変動があった。電車が着いて、チャイムが流れて少しすると改札から人が流れ出し、少しするとまばらになる。それまで意識したことがなかったので、こんな寂れた駅をこれだけの人が利用していることに少し驚いた。
 時刻は14時55分だった。まだ説明会に参加するらしあき人がいる様子はない。俺は申し訳程度に植えられている花壇の縁に腰を下ろし、誰かが来るのを待った。梅雨はまだ明けておらず、蒸し蒸しした風が袖口から流れ込んでくる。誰も来なかったらパンでも買って帰ろう、と思う。

 ふと右後方に人の気配を感じる。振り向くと髪をポニーテールにした20代前半くらいの女性が所在なさげに立っていた。Tシャツにジーンズというラフな格好で、トートバッグを肩から下げている。一瞬目が合い、向こうの方が少し早く逸らした。迷ってから、もしかして説明会に参加する方ですか、と尋ねてみる。女性が身体を硬直させた様子が分かって、後悔する。しかし彼女は、あ、そうです、あなたが担当の方ですか、と不審げに返した。本当に参加者だったのだ。いや僕も参加者で、本当に誰か来るのかと疑っていたところです。いや、参加者が自分一人でなくてよかった。そう言ってしまってから馴れ馴れしすぎたな、とまた後悔する。
 彼女は俺が参加者であることが分かるといくぶん警戒を解いたようだった。あれですか、タウン誌の広告を見て来たんですか。そうです、あなたも?ええ、たまたま暇だったので。それくらいしか話すことはなく、後はお互い黙った。しばらくすると彼女が、再開発についてどう思いますか、と訊いてきた。俺は困った。再開発についての意見など何も持ち合わせていないのだ。ただ暇だから来たに過ぎないというのが本当のところだが、彼女が深い問題意識を持っていたりしたらと思うと、そんなことを言うのは憚られた。
 俺は、考え込むフリをしながら辺りを見渡した。どの辺りが再開発の対象だったのかのヒントくらいはありそうだった。しかしどれだけ注意深く眺めても元の駅前とどこが違うのかわからない。そもそも俺は駅前の風景をきちんと眺めたことなどないのだ。俺は仕方なく正直に、実はどこが変わったかあまり分からないんです、と言ってみた。
 彼女は、まあ無理もないですよね、と言って、斜め上を指差した。指の先にあったのはソーラーパネルと小さい風車が付いた電柱だった。あれが新しく設置されたんですよ、と彼女。そう言われてみればあんなものは以前はなかったようにも思う。ソーラーパネルは鈍く光り、風車は力強く回っていた。
 発電をしているんですね、その電気はどこにいっているんでしょう。そう言うと彼女はしかめ面をして、そう思う人がほとんどなんですが実は違うんです、と言った。実はソーラーパネルで作った電力で風車を逆回転させているんです。つまり、あの装置はあれ単体で完全に完結しているんです。
 俺は混乱した。誰が何のためにそんなことをするんですか。それに何であなたはそんなことが分かるんですか。最初の質問についてはわかりません。それを知るために私はここに来たんです。二つ目の質問に関しては、私が大学で風力発電学科にいるからです。つまり‥

 彼女は物理学の用語を使ってその風車の異常性について語り出した。しかし俺は彼女の言うことを少しも聞いていなかった。一つの完結した機械、というイメージに心を惹かれていた。しかもあのなんてことない風車が、そうだと言うのだ。しかしよく考えるとあの風車は太陽の力を使って動いているのだ。それは完結していると言えるのだろうか。
 なかなか来ないですね、と彼女は言った。気がつけば彼女の講釈は終わっていた。時計を見る。時刻は3時15分だった。俺はもう説明会などどうでもよかった。それで彼女に自律した機関についての持論を一方的にぶちまけるてから、食事に誘った。彼女はしばらく迷っていたが、俺の議論に心を惹かれたようで、誘いに乗った。それから、俺は彼女と自律した機関を作る研究をしているわけ。

 沈黙。長い話だったが謎が深まっただけだった。俺は気まずさをごまかそうと(もっとも気まずさを感じているのは俺だけのようだったが)あえて下世話な話をした。その女とヤッたの?とかそんなことだ。あいつは悲しそうな顔をして、はぐらかした。俺もなんとなく悲しくなって、あいつの講釈にしばらく付き合ってやることにした。あいつは、ぽつりぽつりとまた要領を得ないことを語った。

 帰り道、俺は駅前に寄ってみた。そこには確かにあいつが語っていたような風車とソーラーパネルが一体化したものが設置されていた。俺はそれに近づく。よく見るとそれが設置されている柱に張り紙がしてあった。「私たちは税金を使って奇怪な装置を設置することに強く反対します」と書いてある。どこかの誰かもこれが自律した機関であることに気がついたのだ。俺はしばらくその張り紙を眺めた後、こっそりと破りとった。風車は風向きに逆らって、ギイギイと音を立てながら、孤独な回転を続けていた。